小曲 山村暮鳥
愛
小曲
1
秋の日ざしのしづかなる
とほく眼瞼(まぶた)に浮ぶもの、
うすら光のうるほひ、
うつくしき心の上に、
我は聽く
赤き蜻蛉(とんぼ)のなげきを‥‥
2
And―you will count before your
glass, more kisses
than the lily has. (Baudelaire)
悲みは凡、純白(ましろ)し、
殊に、をんなの頸(うなじ)をいたはり
その頸に匂ひ玉。
煩惱のくもりぞ知る、
――明日(あした)を。
その頸の玉ぞ知る、
甲斐なきものと、心を。
[やぶちゃん注:冒頭の引用はシャルル=ピエール・ボードレール(Charles-Pierre Baudelaire 一八二一年~一八六七年)の名篇「悪の華」(Fleurs
du Mal)所収(再版では新たに部立てされた「パリ描画」詩群(Tableaux
parisiens)へ移行された)の“À une mendiante rousse”(「一人の赤毛の物乞い娘に」)の一節(第十二連前半部)の英訳。昭和二八(一九五三)新潮文庫刊堀口大學訳「悪の華」の註によれば、この詩はボードレールの最初期の詩の一つとされ、一説に一八四二年(作者満二十二歳)まで遡るとされる。モデルの女性はギターを弾いてパリ市中を唄い歩いた乞食の辻音楽師の乙女で当時の画家や詩人らが大きな関心を持った変わった存在の少女であった。この英訳は、英文サイトのこちらの同詩篇全訳のそことほぼ一致しており(ダッシュはない)、これは恐らくアメリカの詩人ジェームス・ハネカー(James Gibbons Huneker 一八五七年~一九二一年)の英訳からの引用と推察される。但し、原詩の当該章は、
Tu
compterais dans tes lits
Plus de
baisers que de lis
Et
rangerais sous tes lois
Plus
d'un Valois!
で、例えば先の堀口大學訳(「パリ描景」の「八八 赭毛の乞食娘に」で見ても、
蝶の接吻身に受ける百合の花より數多く、
臥床(ふしど)のそなたは、接吻されて
王者いくたり、
わが意のままに從(したが)はず!
とあって、英訳は原詩のニュアンスを伝えているとは言えない。
「凡」「およそ」。]
3
わが庭の入日よ、
冬近き樹(き)々の葉、
冬近きまぶたに
はらはらと搖らぎつ、
ちりゆくは過ぎし日、
梢なる心の
しのびかに悲しむ。

