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« 蟹   山村暮鳥 | トップページ | 家常茶飯詩   山村暮鳥 »

2017/03/31

鷄   山村暮鳥

 

  

 

朝からの糠雨は

じめじめと

なかなかやみさうにもなかつた

わたしは籐椅子の上で

あふむけになつて

そして本を讀んでゐた

と、ちらり

白いものがわたしの眼をかすめた

わたしは讀んでゐた本を手ばなして

窓硝子ごしに

首をねぢむけて

その白いものをみた

それはも一はの霜ふりいろの鷄におつかけられて

にげてゆく鷄であつた

わたしはちよつとびつくりしたが

すぐにおもはず頰笑んだ

 

どちらも雄鷄であつた

白いのは肺病やみの家のであり

その白いのを

おつかけていつたのは

意地惡婆さんの家のであつた

そしてそれは隣同志であつた

 

隣同志であつて

雄鷄はたがひに仲がよくなかつた

またそのばあさんの家に

霜ふりいろの奴が買はれてなかつた頃ゐたのは

鷄冠のたかいそしてかつぷくのいい

玉蟲色のしやれものであつた

それにくらべると

やや白いのはみおとりがした

けれどなかなかつよかつた

よるとさわるとたたかつたが

べつとりと

血まみれになつて

どちらもまけてはゐなかつた

誰かにみつけられて追ひ拂はれでもしなければ

そこでどちらも

すばらしい勇者の最後をみせただらう

 

ところが

ある日、ころりと

その玉蟲色のしやれものが死んでしまつた

その強かつた蹴爪の趾をふんばつてしまつた

そのときからだ

白いのが威張りだしたのは

そして世界がまつたくそれのになつたのは

それから二三日過ぎると

いままで玉蟲色のと一しよであつためんどりは

もうそのとなりの白いのと列んで

首をそろへてあるきまはつてゐるのであつた

そして白いのの自由になつて

それでよろこんで

何處ででもみあたり次第に

おつ伏せられてゐるのであつた

そればかりか

たうとうその牝鷄らは

卵もとなりで生むし

寢るのもとなりのとやでねるやうになつた

 

それが知れると

意地惡婆さんはもうきがきでなかつた

さつそく町へでていつて

一はの雄鷄を買つてきた

それはまだ牝鷄のまへにでると小さくなつてゐるやうな

ひよつこであつた

牝鷄のまへですらさうだつたから

となりの白をみるときなどは

遠くから

ものかげから

いつもおそるおそるそのめつきを窺ひ

のびはじまつた尾をだらりと垂れて

やつとつくりはじめたそのときも

翼を鳴らしてたかだかとはたてえなかつた

そんなひよつこであつた

 

肺病やみの家の白いのは

まるで王樣のやうであつた

霜ふりいろのひよつこはときどき

その王樣にみつかつて

酷いひどい目にあつた

それでよくちんばをひいてはあるいてゐた

それでよくおひかかけられて逃げまはつてゐた

牝鷄はそれをみても

平氣で餌をひろつてゐた

みむきさえしなかつた

そしてあひかはらず自分のとやも

自分の家の霜ふりいろのひよつこもかへりみないで

となりのとばかりあそんでゐた

 

けれど「時」はやつてきた

十日二十日とさうしてゐるうちに

ひよつこはだんだん大きくなつてきた

そして強くなつてきた

もう雛鷄ではなくなつてきた

時々めんどりにをかしな素振を見せるやうになり

たかだかと翼をならして鳴くやうになつた

そこらに白いのがゐてもすこしも怖れないやうになつた

かへつてあちらでだんだん遠ざかつた

そうなると

牝鷄も牝鷄で

あまりとなりへ行かなくなり

家の若いそのげんきのいい雄鷄とならんであるくやうになつた

 

隣りの白めはもうたまらなかつた

いままで自分が自由にしてゐたものには逃げられる

自分の世界はせまくなる

一方が日一日といきほひよくなるにひきかへて

自分はそれとはあべこべになる

もう霜ふりいろのその輕蔑

おい、おいぼれ

どうしたい

どこかみえねえところへいつてろよ

眼ざはりでいけねえ

こんなめつきをみると

なんといつてもそのかんにんぶくろをやぶらずにはゐられなかつた

そして氣でも狂つたやうに

霜ふりいろをめがけて飛びかかつた

だが霜ふりいろはせせらわらうやうな身振をして

二ど三どあいての白に羽摶かせた

而もそれはまるでくすぐられでもするやうであつた

白はすこし力づいてきた

これなら蹴殺すことができるかも知れない

すると霜ふりいろが身を縮めた

ぱさり

その音は鋭かつた

それは縮めたからだが飛びあがつたとおもふよりはやかつた

け、け、け、け

めのくらんだ白はぐるぐるぐるとめんどまはりをした

それでもたふれはしなかつた

やつとのことで

自分の家のべんじよのうしろまでにげてきて

そこの堆藁の中にふかぶかと首をつツこんだ

霜ふりいろはそれを追つかけはしなかつた

 

そんなことがいくどかあつた

またしても

けふそれであつた

それがあたしを頰笑ませたのだ

だがけふは霜ふりの奴

よくよく腹がたつたとみえて

いのちからがらにげてゆく白めのあとを

わきめもふらず

矢のやうになつておひかけた

 

朝からの糠雨は

じめじめと

なかなかやみさうにもなかつた

あたしは籐椅子の上で

あふむけになつて

ふたたび本をとりあげた

 

それからすこしたつた

二どめにわたしが窓硝子ごしにみたときには

もうみな一しよになつて

花のさいてる桐の木のしたの葱畑で

みなむつまじくあそんでゐた

そしてとなりの奴はづうづうしくもそこで

その霜ふりいろのめのまへで

その霜ふりいろのめんどりをおつ伏せたりしてゐた

 

[やぶちゃん注:太字の「とや」は原典では傍点「ヽ」(なお、後注を参照のこと)。「よるとさわるとたたかつたが」、「みむきさえしなかつた」、「そうなると」(これは彌生書房版全詩集でもママである)、「だが霜ふりいろはせせらわらうやうな身振をして」の「せせらわらう」、「なかなかやみさうにもなかつた」の「さう」はママ。

「霜ふりいろの奴が買はれてなかつた頃ゐたのは」彌生書房版全詩集では「霜ふりいろの奴が買はれてこなかつた頃ゐたのは」と「こ」が入っている。あってひどく不自然というのではないが、後に「頃」がある以上、屋上屋でいらない、と私は思う。

「鷄冠のたかいそしてかつぷくのいい」彌生書房版全詩集では「鷄冠」は「鳥冠」でしかもその二字に「とさか」とルビしてある。

「とや」これは彌生書房版全詩集では「鳥屋」となっており、しかも傍点は附されておらず、ルビもない。同じく後の「そしてあひかはらず自分のとやも」の「とや」の「鳥屋」と漢字化されてある。

「やつとつくりはじめたそのときも」老婆心乍ら、「やつと」牡鷄らしく「作り始めた」ところの「その鬨(とき)」も、の意である。

「もう雛鷄ではなくなつてきた」彌生書房版全詩集では「雛鷄(ひよつこ)」とルビする。

「かへつてあちらでだんだん遠ざかつた」彌生書房版全詩集では「あちら」は「彼方(あちら)」と漢字表記ルビ附きである。

「めんどまはり」既出であるが不詳。識者の御教授を乞う。ただ、急速に「ぐるぐる」回りをすることとは読める。

「それでもたふれはしなかつた」彌生書房版全詩集は、何故か、誤った歴史的仮名遣で「それでもたほれはしなかつた」である。歴史的仮名遣を訂するコンセプトであろうはずなのに、である。

「堆藁」「つみわら」と訓じておく。

 彌生書房版全詩集版を示す。

   *

 

  

 

朝からの糠雨は

じめじめと

なかなかやみさうにもなかつた

わたしは籐椅子の上で

あふむけになつて

そして本を讀んでゐた

と、ちらり

白いものがわたしの眼をかすめた

わたしは讀んでゐた本を手ばなして

窓硝子ごしに

首をねぢむけて

その白いものをみた

それはも一はの霜ふりいろの鷄におつかけられて

にげてゆく鷄であつた

わたしはちよつとびつくりしたが

すぐにおもはず頰笑んだ

 

どちらも雄鷄であつた

白いのは肺病やみの家のであり

その白いのを

おつかけていつたのは

意地惡婆さんの家のであつた

そしてそれは隣同志であつた

 

隣同志であつて

雄鷄はたがひに仲がよくなかつた

またそのばあさんの家に

霜ふりいろの奴が買はれてこなかつた頃ゐたのは

鳥冠(とさか)のたかいそしてかつぷくのいい

玉蟲色のしやれものであつた

それにくらべると

やや白いのはみおとりがした

けれどなかなかつよかつた

よるとさはるとたたかつたが

べつとりと

血まみれになつて

どちらもまけてはゐなかつた

誰かにみつけられて追ひ拂はれでもしなければ

そこでどちらも

すばらしい勇者の最後をみせただらう

 

ところが

ある日、ころりと

その玉蟲色のしやれものが死んでしまつた

その強かつた蹴爪の趾をふんばつてしまつた

そのときからだ

白いのが威張りだしたのは

そして世界がまつたくそれのになつたのは

それから二三日過ぎると

いままで玉蟲色のと一しよであつためんどりは

もうそのとなりの白いのと列んで

首をそろへてあるきまはつてゐるのであつた

そして白いのの自由になつて

それでよろこんで

何處ででもみあたり次第に

おつ伏せられてゐるのであつた

そればかりか

たうとうその牝鷄らは

卵もとなりで生むし

寢るのもとなりの鳥屋でねるやうになつた

 

それが知れると

意地惡婆さんはもうきがきでなかつた

さつそく町へでていつて

一はの雄鷄を買つてきた

それはまだ牝鷄のまへにでると小さくなつてゐるやうな

ひよつこであつた

牝鷄のまへですらさうだつたから

となりの白をみるときなどは

遠くから

ものかげから

いつもおそるおそるそのめつきを窺ひ

のびはじまつた尾をだらりと垂れて

やつとつくりはじめたそのときも

翼を鳴らしてたかだかとはたてえなかつた

そんなひよつこであつた

 

肺病やみの家の白いのは

まるで王樣のやうであつた

霜ふりいろのひよつこはときどき

その王樣にみつかつて

酷いひどい目にあつた

それでよくちんばをひいてはあるいてゐた

それでよくおひかかけられて逃げまはつてゐた

牝鷄はそれをみても

平氣で餌をひろつてゐた

みむきさえしなかつた

そしてあひかはらず自分の鳥屋も

自分の家の霜ふりいろのひよつこもかへりみないで

となりのとばかりあそんでゐた

 

けれど「時」はやつてきた

十日二十日とさうしてゐるうちに

ひよつこはだんだん大きくなつてきた

そして強くなつてきた

もう雛鷄(ひよつこ)ではなくなつてきた

時々めんどりにをかしな素振を見せるやうになり

たかだかと翼をならして鳴くやうになつた

そこらに白いのがゐてもすこしも怖れないやうになつた

かへつて彼方(あちら)でだんだん遠ざかつた

そうなると

牝鷄も牝鷄で

あまりとなりへ行かなくなり

家の若いそのげんきのいい雄鷄とならんであるくやうになつた

 

隣りの白めはもうたまらなかつた

いままで自分が自由にしてゐたものには逃げられる

自分の世界はせまくなる

一方が日一日といきほひよくなるにひきかへて

自分はそれとはあべこべになる

もう霜ふりいろのその輕蔑

おい、おいぼれ

どうしたい

どこかみえねえところへいつてろよ

眼ざはりでいけねえ

こんなめつきをみると

なんといつてもそのかんにんぶくろをやぶらずにはゐられなかつた

そして氣でも狂つたやうに

霜ふりいろをめがけて飛びかかつた

だが霜ふりいろはせせらわらふやうな身振をして

二ど三どあいての白に羽摶かせた

而もそれはまるでくすぐられでもするやうであつた

白はすこし力づいてきた

これなら蹴殺すことができるかも知れない

すると霜ふりいろが身を縮めた

ぱさり

その音は鋭かつた

それは縮めたからだが飛びあがつたとおもふよりはやかつた

け、け、け、け

めのくらんだ白はぐるぐるぐるとめんどまはりをした

それでもたほれはしなかつた

やつとのことで

自分の家のべんじよのうしろまでにげてきて

そこの堆藁の中にふかぶかと首をつツこんだ

霜ふりいろはそれを追つかけはしなかつた

 

そんなことがいくどかあつた

またしても

けふそれであつた

それがあたしを頰笑ませたのだ

だがけふは霜ふりの奴

よくよく腹がたつたとみえて

いのちからがらにげてゆく白めのあとを

わきめもふらず

矢のやうになつておひかけた

 

朝からの糠雨は

じめじめと

なかなかやみさうにもなかつた

あたしは籐椅子の上で

あふむけになつて

ふたたび本をとりあげた

 

それからすこしたつた

二どめにわたしが窓硝子ごしにみたときには

もうみな一しよになつて

花のさいてる桐の木のしたの葱畑で

みなむつまじくあそんでゐた

そしてとなりの奴はづうづうしくもそこで

その霜ふりいろのめのまへで

その霜ふりいろのめんどりをおつ伏せたりしてゐた

 

   *]

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