航海の前夜第三篇 秋風の悲しき彈奏 山村暮鳥
秋風の悲しき彈奏
秋風よ、わが師のためにその彈奏の手を止(とゞ)め。
聽くに堪へざる汝の悲しい戀歌
見よ、野の鳥の歡樂を泪ぐませ
ほろほろと夢より憂愁の落葉をすべる
さては悲しいわが秋風よ。
ああ、やせ衰ふけれども心あるものに
彈奏の顫音(せんおん)よ、
おそろしき不滅を注射するであらう。
[やぶちゃん注:「航海の前夜」五篇の第三篇。
「顫音(せんおん)」音楽における装飾音の一つである「トリル」(trill)。ある音とその二度上又は二度下の音とを急速に反復させるもの。ここは無論、秋風の音の比喩。]