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2017/03/15

壁   山村暮鳥  /  920000ブログ・アクセス突破記念「山村暮鳥全詩」始動 

 僕の偏愛する山村暮鳥(明治一七(一八八四)年~大正一三(一九二四)年)の全詩集の電子化注をカテゴリ「山村暮鳥全詩」を創始して始動する。

 僕の原初的韻文体験の基点には、小学校の国語の教科書に載っていた詩集「雲」(没後翌年大正一四(一九二五)年刊。生前に入稿していたが、刊行を見ることなく亡くなった)の「雲」(正確には同題「雲」の「同じく」とした二篇目。以下は正仮名遣であるが、無論、私が読んだのは新仮名に変換されたものである)、

 

おうい雲よ

いういうと

馬鹿にのんきさうぢやないか

どこまでゆくんだ

ずつと磐城平(いはきたひら)の方までゆくんか

 

がある。この一篇が《幼い僕の中に初めて詩というものが如何なる存在であるかを決定づけた》いや、《僕という惨めな生の人生に於ける詩存在を生涯的に決定づけてしまった》のと言える。だから、僕は彼の全詩を僕の死に到るまで再度、帰還してゆっくら歩き直す必要をずっと感じ続けていたのである。

 取り敢えずの基礎データとしては、所持する完全編年配置となっている昭和五一(一九七六)年彌生書房刊「山村暮鳥全詩集」(第六版)を参考とするが、これは新字正仮名で、僕のポリシーとしてはそのまま使えない。されば今までも僕がやってきた仕儀通り、これを底本とする場合は恣意的に漢字を原則、総て正字化して使用する。それが原型により近い形態となる確率がそのままで電子化するよりも頗る高いからである。

 なお、「三人の處女」「聖三稜玻璃」「風は草木にささやいた」「梢の巣にて」等、刊行された詩集の原本に当たることが出来るものは、その都度、それらを底本として、上記「全詩集」と校合して示すこととする。明記注なきものは、先の彌生書房版「山村暮鳥全詩集」を参考底本とした恣意的正字化を施したそれと御理解あれ。

 山村暮鳥の詩はまず注を必要とするようなものは少ないが、私がどうしてもと思う箇所にのみストイックに附すこととする。残念乍ら、弥生書房版の「山村暮鳥全詩集」は驚くべきことに、全詩篇の書誌情報が全く示されていない。されば、そうした情報も未刊詩篇では原則、僕には注することが出来ない(調査によって判ったものは極力注記はする)ことを最初にお断りしておく。筑摩書房に「山村暮鳥全集」(全二巻)に当たればよいのであるが、私は所持しない。

 僕は「ゆっくら」と述べた。毎日、少しずつ――しかし着実に――暮鳥の里を――踏みしめて行くこととしよう――

【2017年3月15日 920000ブログ・アクセス突破記念と四日後の母の七回忌のために――藪野直史】

 

 

 

   

 

蔓蔦(つるづた)の一褸(ひとすぢ)

 石の壁の

上をひきぬ、たそがれ。

 あたゝかき光

追ふなる陰の相、

 たちまち冷えて

吸はれ行く

 影よ、とまれ

我が心

 あなや、崩るゝ。

花もなく葉も

 落ちはてゝ

冬近きこぼれ日拾ふ

 戀なれば――戀は

いだけど脈絶えて

 血の燃えぬ壁。

 

[やぶちゃん注:明治四〇(一九〇七)年十二月十五日発行の『文章世界』に掲載。当時は聖三一神学校在学中(これ以前、在学中に日露戦争で満州に出兵、その後に復学したために、翌年六月に卒業した)で満二十三歳。以上は、白神正晴氏の山村暮鳥研究サイト内の山村暮鳥年譜に拠った。]

 

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