山村暮鳥詩集「梢の巣にて」始動 / 有島武郎序・ふるさと
詩集「梢の巣にて」
[やぶちゃん注:山村暮鳥三十七歳の大正一〇(一九二一)年五月二十五日叢文閣刊の初版を早稲田大学蔵のこちらで視認して電子化注する。
但し、時間を節約するために菊池眞一氏の「J-TEXT」のこちらのテクストを加工データ(但し、漢字新字体。底本は私が活字本として所持する彌生書房版全詩集の第六版)として使用させて戴いた。ここに謝意を表する。ただ、今回これを加工データにしたことで、実は彌生書房版全詩集のそれは校訂が厳密でなく、誤りが多々あることが判明したことを申し添えておく。]
山村暮鳥詩集 梢の巣にて
[やぶちゃん注:以下、有島武郎の序。太字は原典では傍点「ヽ」。文中の「Homage」は「敬意・尊敬」の意の英語。フランス語の“hommage”、「オマージュ」の方が現行では通りがよい。]
山村暮鳥樣
諸方から雜誌を送つてくださいますが私は自分の懶慢から滅多に目をとほしたことがありませんでした。ところが苦惱者を頂戴してはからずあなたの「眞實に生きようとするもの」といふのを拜見しておもはず淚を流してしまひました。
詩の形式のごときは私にはよく解りません。然しあなたの詩に盛られた純眞なお心持はふかく私に徹底しました。私のやうに實生活に安易なものが淚をながしたとまうしたところで、それは寧ろ滑𥡴といはるべきものかと思ひます。これは他人に申すべきことではなかつたかも知れません。然しあなたは私の心持をもまつたくおわらひ捨てもなさるまいと思つて、あなたの御名譽のために些やかながら一つの Homage を呈したいばかりに此の手紙を書きました。
あなたのお仕事の上に祝福をいのり上げます。
大正八年二月二日
東京にて
有島武郎
[やぶちゃん注:ここに目次が入るが、省略する。]
梢の巣にて
わが肉の肉なる
妻、ふじ子にこの詩集を贈る
ふるさと
枯木が四五本たつてゐるそのあひだから
おゝ靜かなうつくしい湖がみえる
湖をとりまいてゐる山山や木木はひるなかでも黑い
まるでこしらへたものゝやうにみえる
あまりにさびしい
ほそぼそと山腹の逕はきえさうで
人つ子獨りあるいてはゐない
けれどそこにも一けんの寒さうな小舍があり
屋根のけむだしから
絲のやうなひとすぢのけむりが
あをぞらたかくたちのぼつてゐる
なんといふ記憶だらう
これがあの大きな山のふところで
あかんぼの瞳のやうにすんでゐる湖だ
冬も深く
氷切りがはじまると
自分達の父もよくそこへでかけた
そして熊のやうにひとびとにまじつて働いた
父はいまでも鐵のやうに強い
おとうとよ
峠の茶店のばあさんはどうしてゐる
谿間でないてゐる閑古鳥を
わが子か孫かでもあるやうに可愛がつて
自慢してゐたばあさん
あのばあさん
まだ生きてゐるか
[やぶちゃん注:「逕」ここまでの電子化の経験上では山村暮鳥は「みち」と読ませていると思われるが、個人的には「こみち」と読みたくなる私がいる。でなければ「きえさう」にはならぬからである。
「おとうと」不詳。]
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