姙婦を頌する詩 山村暮鳥
姙婦を頌する詩
生みのくるしみ
此のくるしみのために
はらめるものよ
おんみはなにをかんずるか
おそろしい胎内のあらし
あらしを思へ
あらしを忍べ
はらめるものは人間である
永遠のはてから來るもの
太陽の愛(いつく)しむもの
生みのくるしみ
おんみのくるしみ
それが世界のよろこびだ
人間の一人が世界に殖えるところに
此のよろこび
此のよろこびを思へ
からりとはれた蒼空のやうな氣持で
やがておんみはみつけるのだ
あらしのわすれていつたものを
その膝の上に
その乳房を吸つてゐるのを
しばらくしのべ
あらしをしのべ
おんみは人間の創造者である
おんみらによつて人間は此の世界にきたる
萬物の讃美をうけよ
人間の母なるおんみ
人間をはらめるおんみ
生めよ
ふへよ
地にみてよ
勝利をあげて來れ、人間
[やぶちゃん注:「讃美」の「讃」の字は底本の用字。「ふへよ」はママ。
「姙婦」妊婦に同じい。
「頌」「しよう(しょう)」広義には人の徳や物の美などを褒め讃(たた)えることや、そうした目的の言葉や詩を指すが、ここは既に注したキリスト教で神を讃える歌「頌栄(しょうえい)」と同義。]