肉體の反射 山村暮鳥
肉體の反射
さみしさのきはみにありてひたすらに雪を期待す
さはれ林檎に溺るる窓硝子の憂欝
薔薇は肉的にして擬似ヒステリアの狀態にあり
時計の數字蚤(のみ)更紗(さらさ)空(そら)榲桲(まるめろ)電線汽罐車煉瓦の匂ひ、蛇雲雀キュラソオの罎の行列
射入る光線は愛せられて金ペンの如く恐しき性慾は平靜なる鼻の尖(さき)唇(くちびる)扉(ドア)のハンドル、さては眼鏡(めがね)の蔓に密集す
はやくも陰に立つはつ冬黃昏
まろべるコップたへがたく
醉ひくるふ蟋蟀、その感覺をひえびえとをどりあがり且つ鳴きいでつ
指(ゆび)觸(ふ)れたるもの就中(なかんづく)優秀にして卽ち金屬悲痛のイルミネヱションをもつて自らも搔(か)けり
[やぶちゃん注:「キュラソオ」リキュールの一種で香りが強く甘いキュラソー(curaçao)のこと。スピリッツやブランデーにオレンジの果皮の香味成分と糖分を加えたもの。
底本ではこの詩篇の後に『〔以上大正五年詩篇から〕』という編者注があり、これを以って「新編『昼の十二時』」パートは終わっている。]
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