父上のおん手の詩 山村暮鳥
父上のおん手の詩
そうだ
父の手は手といふよりも寧ろ大きな馬鋤(からすき)だ
合掌することもなければ
無論他人(ひと)のものを盜掠(かす)めることも知らない手
生れたままの百姓の手
まるで地べたの中からでも掘りだした木の根つこのやうな手だ
人間のこれがまことの手であるか
ひとは自分の父を馬鹿だといふ
ひとは自分の父を聖人だといふ
なんでもいい
唯その父の手をおもふと自分の胸は一ぱいになる
その手をみると自分はなみだで洗ひたくなる
然しその手は自分を力強くする
この手が母を抱擁(だきし)めたのだ
そこから自分はでてきたのだ
此處からは遠い遠い山の麓のふるさとに
いまもその手は骨と皮ばかりになつて
猶もこの寒天の瘦せた畑地を耕作(たがや)してゐる
ああ自分は何にも言はない
自分はその土だらけの手をとつて押し戴き
此處ではるかにその手に熱い接吻(くちつけ)をしてゐる
[やぶちゃん注:「大きな馬鋤(からすき)」「唐鋤」。単に「犂」一字でかく読む場合もある。柄が曲がって刃が広い、非常に古くから汎世界的に使われていた鋤で、多くは牛馬に引かせて田畑を耕すのに使う。「うしぐわ」とも呼ぶ。]

