雪 山村暮鳥
雪
あやしさは雪とふり
靑もたてずにすやすやふり
わが性のピアノ
雪はふつくらと
それでゐてねむつてゐる
ふかくなるほど
鮮かな眞晝のほめき
びろうどのやうに憂鬱な戀の菜圃(はたけ)には
靑白い芽がふいてゐる
雪はふつくらと
いのちの上に、その芽の上に――
女よ。そつとたましひの
かなしい陰影(かげ)のゆらめきが
罪を、ひかりを、あざむく
すやすやと猫も眠つてゐる
めざめてゐるのはただ
無限と死と時計と
わがおもひでのかたともせず
しめきつた肉の扉の
あるかなきかの鍵の孔よ
その溜息から、ひそかにひえびえと
菜圃にうめく芽の小曲
かすかなるものの彈力(ちから)に
たへかねし悲哀よ
わが手の杯よりあふれて、みよ
よろこびに病む愛惜よ
[やぶちゃん注:太字「かた」は底本では傍点「ヽ」。「彈力(ちから)」は二字へのルビ。]
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