禮拜 山村暮鳥
禮拜
黎明にひざまづき
私は、まづ、私を禮拜する
日輪は私のため、私の靑い額にのぼる
大氣は私の罪惡をすら包んで
朝每、神聖だ
私は何といふ慘めだ、けれど幸福だ
私は怜悧で愚鈍で
刹那には私以上だ
私は他(ひと)の知らないものを知り
世界のもたない物を有つ
私は宇宙に二人とないのだ
空は私の屋根、私の胸には
はてのない海があり、無數の獸と魚とが住む
私は一切の上に立つ
よろこびは私をとり圍み
災害は私をめがけて亂射する
私はくるしい
私はさびしい
けれど、私はうれしい
私の外に何がある
すべてのものは私の幻影
私の眼は無限を見
私の耳は音なきものを聽き
私の手は力を握る
私の願望にゆらぐ樹木
私の神經の雪
私を中心に生はめぐり、消え
死はその祕曲を奏す
私は光、世のはじめ
神を作つた
私の髮毛には月がいで、星がいで
また、霧が湧く
そして皮膚には嵐が眠る
私は宇宙のみなし兒
私は宇宙の軸で
私の胸は宇宙を抱いて猶餘る
それはさて、どうぞ、神樣、特別なお慈悲をもつて
女の小さい心に入れるやう
家には女が角を鳴らして寢て居りまする。