蠅 山村暮鳥
蠅
うれはしい空の模樣、頻りにいたむ十月(オクトバア)の後頭部、庭でなく記憶のこほろぎ――苦惱(くるしみ)の狀態(さま)をふかくも祕めた心の落葉。
黃ばみかけた洋酒の如きうらかなしさをば蠅がいとなむ秋の生活に考へよ!
小さいその瞳(め)はにくらしいほどいぢらしく、而してはかない運命の前額(ぜんがく)をみつめてゐる。蠅がいとなむ秋の生活。
窓より見えるのは斷崖をのぼつてゆく狡(さか)しい少年ばかり‥‥‥
落葉の歡び吹くとしもなき風の惡戲(あくぎ)をおもしろくみとれてあるべき一日よ、梢より離れて光る心の落葉、それにもつれる見もしらぬ夢の女の歔欷(すすりなき)。
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