春 山村暮鳥
春
Fさん、お月樣はさみしかろ
Fさん、お前もさみしかろ
Fさん
わたしの朝餐はあつさり
狐いろのパンと
一杯の白葡萄酒と
このうへお前の瞳をみるならば……
それでも晝は燒き肉に
雪の胡樺をわすれません
まどの鸚哥のおしやべりさん
すこししづかにしておくれ
いまもいまとて
わたしは林檎をむきながら
おもひだします
……夕の風景(けしき)を……くちつけを……
[やぶちゃん注:かなり迷ったが、第三連と第四連の間は二行空けとした。底本の彌生書房版は二段組であるが、左ページ上段で版組から明らかに一行空けた状態で終わっているにも拘わらず、左ページ下段は明らかに一行空けて第四連を開始させているからである。
「Fさん」不詳。以前にも出てくるイニシャルである。しかし、大いに気になる。何故なら、かの先行する詩「三人の處女」の「二の處女」(おとめ)の名は「F」だからである。]