春 山村暮鳥
春
しづかな鐘が鳴る
しづかな鐘が鳴る、麗かな春のなやみに
茶花畑は眠つてゐる
馬鹿者に追驅けられてきた黑猫が
ぴよいと尻尾を立てて怒つた
茶花畑は眠つてゐる
馬鹿者の命賭けになつた眼の光
ぷんと咽返る樣な花の芬香(にほひ)が
猫をかくした
黃い蝶が舞ひだした
しづかなる鐘が鳴る
洋傘(ぱらそる)の貴婦人が通つた
馬鹿者は、それを發見(みつ)けて高笑ひ
菜花畑に捩ぢ伏せた
(洋傘の、その洋傘の
折れた翡翠の柄のかなしさ)
しづかな鐘が鳴る
蝶は靑空、高く
星をめがけて高く
馬鹿者の靈魂(たましひ)の樣に、猶、高く

