春 山村暮鳥
春
どこかで紙鳶(たこ)のうなりがする
子どもらの耳は敏く
靑空はひさしぶりでおもひだされた
いままで凍(ゐ)てついてゐたやうな頑固な手もほんのりと赤味をさし
どことなく何とはなしににぎやかだ
どこかで紙鳶のうなりがする
それときいてひとびとは
ああ春がきたなと思ふ
そして何か見つけるやうな目付で
水水しい靑空をみあげる
てんでに紙鳶を田圃にもちだす子ども等
やがてあちらでもこちらでもあがるその紙鳶
それと一しよに段段と
子どもらの足も地べたを離れるんだ
[やぶちゃん注:「凍(ゐ)てついて」の底本ルビの「ゐ」はママ。]