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2017/03/28

春   山村暮鳥

 

       

 

はるがきた

はるがきた

 

いまひるちかく

いとのやうなでんせんにとまつてつばめがには

めづらしさうにあたりを

きよろきよろみまはしながら

なにかぺちやくちやさえづつてゐる

いちはのつばめは

あをぞらをきり

むぎのはたけをひくゝかすめて

もうみえなくなつた

あゝいゝ

いきいきとしたねぎやそらまめ

なたねのはな

ぞつくりとほのでかかつたむぎぐさ

みんなこゝではうつくしく

なんでもこゝでは

しみじみとしんじつをこめ

みよいちめんにもえたつばかりだ

 

はるがきた

はるがきた

 

けふのやうなよいてんきでは

のびのびとすべてが

かうふくでそしてかなしい……

 

かはむかふのをかをみると

としよつたのうふがつかれたらしくはたらいてゐる

なにかたねでもまかうとするのか

なんといふおもさうなくわだ

しつとりとしたあまじめりのはたけのつちは

ほりかへされてくろぐろと

むくむくともりあがり

こえふとり

ちいさなちいさなまるでごみのやうなはむし

むすうのそれらまでがせはしくうごき

とろりとしたこのあぶらのやうなひかりのなかでいきてゐる

あちらのまちのしづかさはどうだ

やねとやねとのかさなり

そのうへのどんよりしたそら

たいやうはどこにあるのか

すべてがいううつで

ねむさうで

よろよろといまにもとろけさうにみえる

 

どこかであかんぼがないてゐる

うまれたばかりのやうで

とほいとほいぢべたのなかからでもくるやうなこゑだ

それがあをあをとしたはたけをこえ

まつかぜやなみのおとにまじつてきこえる

さびしいほどしづかなひだ

さかんなかげらふだ

おゝこのからだのふかいひゞよ

そのかすかないたみ

そしてそのひゞからのびだすあたらしいのぞみのめよ

 

[やぶちゃん注:「さえづつて」はママ。但し、第二連十三行目「ぞつくりとほのでかかつたむぎぐさ」は、実は原典では「ぞつくりとほのかでかつたむぎぐさ」となっている。しかし後者では意味が採れない(「ぞつくりと」「むぎぐさ」で一語であるから、「ほのかでかつた」が語句となるが、「ほのか」「で」「かつた」だと、「ほのか」の意味が相当語として想起出来ない(「ほのか」を何らかの農機具の呼称と仮定して「かつた」を「刈つた」と措定し、「日本国語大辞典」も繰ってみたものの、その「ほのか」に相当し得る単語が全く見出せなかった)。確認すると、彌生書房版全詩集ではここが表記したように「ぞつくりとほのでかかつたむぎぐさ」となっており、これならば――「ぞつくり」(副詞:すっかり。どれも残らず。)「と」「穗の出かかつた」(穂が出かかった)「麥草」――と読め、前の二行との並列表現としてもすこぶる自然となる。されば、ここは特異的に錯字と断じ、かく訂した。しかしそれに反して、同じ彌生書房版が、第二連の後ろから三行目の「すべてがいううつで」を「すべてがゆううつで」と〈改変〉しているのは戴けない。「憂鬱」は歴史的仮名遣では「いううつ」で正しいからであり、「ゆううつ」は誤表記の改悪だからである。

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