私の希望は…… 山村暮鳥
私の希望は……
1
晝が斜(ななめ)になつて來て、
北から風が吹くのに、さ。
どこかで煤煙(けむり)が立つやうな心が動いてゐるのに、さ、
土色の機蟲(ばつた)が飛んでゆく方ヘ
草の枯葉(かれば)が靡いてゐる。
野菊を毟(むし)つて投げたのは
戀も知らない日の所業(しわざ)、
蜻蛉(とんぼ)でも、都會の蜻蛉は神經質、
人さへ見れば怖(こは)がるのに
あれ、まあ――なんて「記憶」はなつこいんだらう。
それはさて、かうした思ひにつまされて
泣くにも泣かれぬ
身の上だ、とは知りながら
ええ、おぼえたか、薄情者(はくじやうもの)。
2
砂丘(すなやま)の赤い小蝦を乾かして
冬の日はとつぶり暮れた。
蘆の枯葉は眠つてゐるが舷(ふなばた)は絶えず騷がしい……
ちよいと、水神樣(すゐじんさま)の晩には、ね。
ええ。
誰だらう、緣起でもない
また、情死(じやうし)の噂だよ。
いつでも、
いつでも、
舷ばかりは騷がしい。
[やぶちゃん注:「水神樣(すゐじんさま)」のルビ「すゐ」はママ。
「小蝦」「こえび」。]
3
いつかしら雨も止んだ。
泣明した眼瞼(まぶた)の夢のまぶしさ……
さびしい世界の
紅い
山茶花(さざんくわ)、
お前は、なんで入日を嫌ふのか。
朝寢の女も起きて、
雨戸(あまど)を
あけるのに、
さあ、わたしの希望よ。
[やぶちゃん注:「泣明した」「なきあかした」。]

