風の方向がかわつた 山村暮鳥
風の方向がかわつた
どこからともなく
とんできた一はのつばめ
燕は街の十字路を
直角にひらりと曲つた
するといままでふいてゐた
北風はぴつたりやんで
そしてこんどはそよそよと
どこかでゆれてゐる海草(うみくさ)の匂ひがかすかに一めんに
街街家家をひたした
ああ風の方向がすつかりかわつた
併しそれは風の方向ばかりではない
妻よ
ながい冬ぢうあれてゐた
おまへのその手がやはらかく
しつとりと
薄色をさしてくるさへ
わたしにはどんなによろこばしいことか
それをおもつてすら
わたしはどんなに子どもになるか
[やぶちゃん注:標題「風の方向がかわつた」及び十行目「ああ風の方向がすつかりかわつた」の「かわつた」は孰れもママ。
「薄色」薄紫の色名。]