鐵瓶は蚯蚓のやうにうたつてゐる 山村暮鳥
鐵瓶は蚯蚓のやうにうたつてゐる
うすぐらいでんとうがひとつ
せまいけれどがらんとしたへやだ
ぼんやりとめざめてゐるわたしに
なんといふしづかさ
そとではかぜがあばれてゐる
いたづらなこどものやうに
あめをつよくふきかけたり
とをがたがたとたゝいたり
けれどわたしのへやのしづかさは
まるでふかいうみそこのやうだ
きうすもちやわんも
ごろごろそこらにころがつたなりで
みんなぐつすりねむつてゐる
ぐつたりとつかれて
あほむけにひつくりかへつたわたしのそばで
ほそぼそと
ひばちのうへのてつびんが
なにやらうたをうたひはじめた
ゆびをくむにはくんだけれど
さてどんなことをいのつたものか
かぜはいよいよはげしく
おそろしいけだものでもほえるやうだ
とはいへわたしのへやばかりは
ひつそりと
てつびんがみゝづのやうにうたつてゐる
どうぞこのまゝねかしてください
またあたらしいたいやうのでるまで
[やぶちゃん注:「きうす」(「急須」で歴史的仮名遣では「きふす」が正しい)、「あほむけ」(「仰向け」は「あふむけ」が正しい)、「みゝづ」(蚯蚓は現行と同じく「みみず」でよい。「みみづ」と表記してしまうと、針の頭の穴である「めど」を指すことになってしまう)はママ。]

