太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ 山村暮鳥
太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ
一日の終りのその束の間をいろどつてゆつたりと
太陽はいま蜀黍畑にはいつたところだ
大きなうねりを打つて
いくへにもかさなりあつた丘の畑と畑とのかなたに
赤赤しい夕燒け空
枯草を山のやうに積んだ荷馬車がかたことと
その下をいくつもつづいてとほつた
何といふやすらかさだ
此の大きいやすらかな世界に生きながら人間は苦んでゐる
そして銘々にくるしんでゐる
それがうつくしいのだ
此のうつくしさだ
どこか深いところで啼いてゐるこほろぎ
自分を遠いとほいむかしの方へひつぱつてゆくその聲
けれど過ぎさつた日がどうなるものか
何もかも明日(あした)のことだ
何もかも明日のことだ
[やぶちゃん注:太字「こほろぎ」は原典では傍点「ヽ」。ここで初めて、山村暮鳥は、彼にとって蟋蟀(こほろぎ)の、あ「の聲」が「自分を遠いとほいむかしの方へひつぱつてゆく」ものであることを告白していることに注意されたい。]

