或る風景 山村暮鳥
或る風景
みろ
大暴風の蹶ちらした世界を
此のさつぱりした慘酷(むごた)らしさを
骸骨のやうになつた木のてつぺんにとまつて
きりきり百舌鳥(もず)がさけんでゐる
けろりとした小春日和
けろりとはれた此の蒼空よ
此のひろびろとした蒼空をあふいで耻ぢろ
大暴風が汝等のあたまの上を過ぐる時
汝等は何をしてゐた
その大暴風が汝等に呼びさまさうとしたのは何か
汝等はしらない
汝等の中にふかく睡つてゐるものを
そして汝等はおそれおののき兩手で耳をおさへてゐた
なんといふみぐるしさだ
人間であることをわすれてあつたか
人間であるからに恥ぢよと
けろりとはれ
あたらしく痛痛しいほどさつぱりとした蒼空
その下で汝等はもうあらしも何も打ちわすれて
ごろごろと地上に落ちて轉つてゐる果實(きのみ)
泥だらけの靑い果實をひろつてゐる
おお此の蒼空!
[やぶちゃん注:太字「あらし」は原典では傍点「ヽ」。
「大暴風」「おほあらし」と訓じているものと私は思う。
「蹶ちらした」「けちらした」と訓じているものと思われるが、これは「蹶」の字の音「ケツ」からの当て訓のように思われる。「蹶」には「つまずく・失敗する・倒れる・ひっくり返る・殺す・根元から抜き取る・躍る・飛び上がる・走る・動かす」等の意はあるが、対象を「蹴散らす」の意はないからである。
「おお此の蒼空!」例外的に述べておくと、六年後にイデア書院から刊行された改版「風は草木にささやいた」ではこの一行が削除されている。私は改版を支持しない。]