水邊にて(二篇) 山村暮鳥
水邊にて
1 水かげろふの歌
雲を見たまへ。
あはれ、心のかげひなたを
冬と春とのゆきずり、
それとしもなき鐘が鳴る。
鐘が鳴る。
鐘より淡きおもひ出の
窓の硝子(がらす)の神經に射す
水かげろふの悲しさ?
[やぶちゃん注:この一篇、彌生書房版全詩集では以下のように変貌している。
水邊にて
1 水かげろふの歌
雲を見たまへ。
あはれ、心のかげひなたを
冬と春とのゆきずり、
それとしもなき鐘が鳴る。
鐘が鳴る。
鐘より淡きおもひ出の
晝なれば窓の硝子の神經に射す
水かげろふの悲しさ?
この「晝なれば」は原稿によるものか? 確かに四字分の下げは不審ではある。あるべき脱字の可能性を疑わせはする。しかし乍ら、説明的な後者を、私は、採らない。]
Ⅱ 譬喩
ころころ柳、猫柳‥‥
おちつかぬ冬の感覺。
SWANよ
私(わたし)の「愛」の泥ふかく、
をんなの欲しがる「夜」がある
ころころ柳、猫柳。
赤い灯(ほ)かげの
私の性は水のにしきゑ。
[やぶちゃん注:「Ⅱ」はママ。されば、先の「1」は「Ⅰ」の誤植と採れる。しかし乍ら、彌生書房版はこれを「Ⅱ」ではなく「2」としている。さても孰れが正しいものか? しかしそれは、最早、冥界の詩人に問うしかあるまい。]

