月の出 山村暮鳥
月の出
河岸(かし)の
柳に、
月が出た。
その月が靑塗の壁のやうな彼方(あちら)の空をのぼつて行く。
美しい夜の世界の入口に立つた私。
春の渚(なぎさ)、
沖から白い汽船がは入つて來(く)る。
灣内(わんない)には、まだ吹殘された風のかなしげな怪しい光り……
その髮(かみ)には黑い花が
插(さ)してあつた。
ああ、鷗!
ひろい……私の胸のどこやらに女を失(なく)した夢のやうな痛みがある。
溶(と)けてながれた海の色、
汽船は笛を鳴らし止(や)めて赤い舷燈(げんとう)をたかくあげた。
さあ、希望をはぐれた私の視線よ。