秋ぐち TO K.TŌYAMA. 山村暮鳥
Ⅵ
[やぶちゃん注:以上は扉(左)の左寄り位置に濃い橙色で印字。]
秋ぐち
TO K.TŌYAMA.
さみしい妻子をひきつれて
遙遙とともは此地を去る
渡り鳥よりいちはやく
そして何處(どこ)へ行かうとするのか
そのあしもとから曳くたよりない陰影(かげ)
そのかげを風に搖らすな
秋ぐちのうみぎしに
錨はあかく錆びてゐる
みあげるやうな崖の上には桔梗や山百合がさいてゐる
紺靑色の天(そら)よりわたしの手は冷い
友よ
おん身のまづしさは酷すぎる
而もおん身の落窪んだその目のおくに眞實は汚れない
生(いのち)を知れ
友よ
人間は此の大きな自然のなかで銘銘に苦んでゐるのだ
しづかに行け
[やぶちゃん注:「K.TŌYAMA.」「Ō」長音符と思われる部分の左右は、原典では下の「O」に沿って下がっているが、再現出来ないので、ここでかく注した。この人物(姓「遠山」?)は不詳。白神氏の「山村暮鳥年譜」によれば、本詩篇は大正六(一九一七)年十月刊の『感情』に初出された旨の記載がある。]