悲曲(三篇) 山村暮鳥
悲曲(其一)
麥の圃をとほつたら
風が胡弓を彈いてゐた
くもるわたしの眼をながめて
風が胡弓をひいてゐた
いまもなほ
麥の穗のなかに聲がある
「あすのことなどおもふな」と
どこかに私の空がある
どこかにたましひの巣がある
[やぶちゃん注:「圃」「はたけ」と訓じていよう。]
悲曲(其二)
せめて敬虔なる逕をふみ
憂鬱の蟾蜍(ひき)たらまし
わがともしびはきえやすき
わがともしびは闇の花
すべてを君にまかせむ
それはさて
死は無邪氣な踊り子
みよ、わが瞳一ぢを醉はせてゐる
[やぶちゃん注:「蟾蜍(ひき)」蟇蛙(ひきがえる)。]
悲曲(其三)
かすかなるもの
雨のあし
ほのじろく、かろらかに……
ピアノに狂ふわがかなしみ
かしこに眠る靈智あり
かしこにわれは捕はれぬ
かろらかに、やはらかく……
かすかなもの
雨のあし
けぶれるゆめといはば言へ
かしこにしも
甦るいのちのために
なやみは記憶に蛆蟲と匐ふ
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「匐ふ」は「はふ(はう)」。]

