孤獨と執着 山村暮鳥
孤獨と執着
われは、その壁の色を
忘れ得ざり、
その悲しき愛を‥‥
みだりがはしき合奏に惱み
水銀の如く、
影に、のがれむとして、
からむ鏗笛(ふえ)の單音。
いまも吐息のほのかなる
すべてのものは
忍びやかに彎曲し、
月の夜なりけむ。
わが希望こそ、おどろき易き
駝鳥の可笑(おか)しき首と、うごきつ、
しかして消ゆれど
その愛と影のみ、
唏噓(すすりな)きして靑き映畫(フヰルム)に猶、逡巡(ためら)ふ。
鏗笛(ふえ)は怪しき處女の性、
いつとしも無く、
はたと、絶え、
しづかに、おお、にほやかに
捕へられたる光よ。
[やぶちゃん注:「鏗笛(ふえ)」「ふえ」は「鏗笛」二字へのルビ。「鏗」(音:キョウ・コウ)の原義は金属・石・楽器などが鳴る音を意味する。]