航海の前夜第五篇 午後のほゝ笑み 山村暮鳥
午後のほゝ笑み
黑煙を吐き、まさに運轉をはじめんとする
埠頭(ピイア)の小さな汽船よ。
湖上、
水標はいま零度を示し
風吹かず
波も無し。
空に漂ふ旗の白
ああ、洋酒の匂ひ……
(冬の日の重き、重き跫音を聞いておる)
待合茶屋の二階の窓より
見よ。――
頸の白い、女等、
男もまじる赤き午後の微笑……。
[やぶちゃん注:「航海の前夜」五篇の最後の第五篇。
「埠頭(ピイア)」pier(英語)。埠頭(ふとう)・桟橋・橋脚の意。
「水標」「すいへう(すいひょう)」で量水標のこと。河川や港湾の岸にあって水位を測る指標装置。垂直に立てた支柱に目盛りが振られており、これを目視で読み取る。零(ゼロ)点基準には、通常、「東京湾中等潮位」(Tokyo Peil:「T.P.」と略称)が用いられる。「Peil」(ペール)は、英語ではなく、「水位」「基準面」を意味するオランダ語で、参照したウィキの「量水標」によれば、『これは明治初期の河川・港湾などの基準面の観測と設置を行ったのが、いわゆる「お雇い外国人」であったオランダ人技術者だったことに由来する』とある。
「跫音」二字で「あしおと」。]
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