記憶 山村暮鳥
記憶
1
ひとり、ただ獨り
眞晝(まひる)、
疲れて野の小徑(こみち)をあゆむ時。
馬鈴薯(じやがいも)の花、
大麥の穗並のひかりに搖れ、血の如き無花果(いちじく)を落して夏は微白(ほのじろ)き影の記憶を悲しみつ、凡て穩(おだや)かである。
物の中心はしばし移らず、
彼方の空より、痛ましい愉樂は最後の接吻(キス)をあたへ
而して別離を告げたれど
わが、雲雀の如き眸をもち、星の如き靈魂の處女(をとめ)らよ!
此のこころの罅(ひび)に水銀の顫(ふる)へて弛みゆく
CLARIONET
の其の斷續(だんぞく)……
2
白金色(プラチナ)の月は正午(まひる)の瀦水(ちよすい)に浮んだ。
あたらしい愁ひの「綠」!
安息は、その白金色(ブナチナ)の月光の影の如く、眼瞼(まぶた)の邊(ほとり)に光る。
刈られたれど、いまだ靑き草の林(ベツト)に橫はれば
希望(のぞみ)は處女(をとめ)の胸にもたれ、
その額(ひたひ)をうづめて夏の踏舞はうめく。
我は、ふと大空を仰いだ。
大空と我と
その間に消えた、その水鳥。
[やぶちゃん注:「瀦水(ちよすい)」貯水池。
「林(ベツト)」「ベツト」は「林」へのルビで、「ベツト」の表記はママ。ベッドの意。
「橫はれば」「よこたはれば」。
「踏舞」ママ。「たうぶ」と読んでおく。]
3
(君も、かくして輕睡(まどろ)み給ふか)
眼瞼(まぶた)を閉づればこちたさに午後の牡丹はためいきす。
太陽の嫉妬は玻璃(ガラス)の碎片(かけら)の如く、
柔かな肉の腐爛(ふらん)のDECADANCE.
(君も、かくして輕睡み給ふか)
やがてしづかな覺醒は
水盤に金魚のうかぶ心好さ!
ああ、沈默のふくらむ時、
牡丹の花をのぞき傾く此の靈魂(たましひ)。
[やぶちゃん注:「こちたさ」自らの花の豊満さにうんざりしている状態を指していよう。]

