立秋 山村暮鳥
立秋
「まだ、なかなか暑いね」
「それでも朝夕はめつきり變(ちが)つてぢやねえかえ」
「そろそろ穴ごもりの準備(ようい)かね」
「どうして、これからだよ」
「夏中は澤山、仕事があつたつて……」
「え。毎日、よく晝寢をしたよ」
「美(い)い夢をしこたま見たんだね」
「ところがね――あの、日向葵め。くるしがりやがつて焰(ひ)のやうな吐息さ。もう、あんなに黑くなつて首を低れてしまつたが」
「へえ」
「どうだね、此の頃の塀の上は」
「昨日金蠅を一つ」
「うむ」
「今日、おはぐろ蜻蛉を……」
「うむ」
蜘蛛と蜘蛛との立ちばなし
[やぶちゃん注:「なかなか」「そろそろ」の後半は底本では踊り字「〱」。太字「しこたま」は底本では傍点「ヽ」。「焰」は底本の用字。
「金蠅」本邦で最も普通に見られる種は(最近はまっこと見なくなったが)、双翅(ハエ)目短角(ハエ)亜目ハエ下目額嚢節弁翅亜節ヒツジバエ上科クロバエ科キンバエ族ヒロズキンバエ Phaenicia sericata であろう。
「おはぐろ蜻蛉」トンボ目イトトンボ亜目カワトンボ上科カワトンボ科カワトンボ亜科アオハダトンボ属ハグロトンボ Calopteryx atrata。暮鳥の謂いからは「鉄漿蜻蛉」であるが、現行の漢字和名では「羽黒蜻蛉」である。但し、羽色からは「おはぐろ蜻蛉」はすこぶる腑に落ちる。ウィキの「ハグロトンボ」によれば、『別名ホソホソトンボ』と言い、所謂、我々が糸蜻蛉と総称しているグループの一種で、『成虫の体長は』五十七~六十七ミリメートル、後翅長三十五~四十四ミリメートルほどで、『トンボとしてはやや大型。雌の方が雄より若干大きいが、大差はない。翅が黒いのが特徴で、斑紋はなく、雄は体色が全体的に黒く緑色の金属光沢があるのに対し、雌は黒褐色である。他のトンボのように素早く飛翔したりホバリングしたりせず、チョウのようにひらひらと舞うように羽ばたく。その際、パタタタ……と翅が小さな音を立てる。どこかに留まって羽根を休める際も』、『チョウのように羽根を立てた状態で、四枚の羽根を重ねて閉じるという特徴がある』。成虫は五月から十月頃まで見られ、特に七月から八月にかけて多く見かける。『主に平地から低山地のヨシなどの挺水植物や、エビモ』(単子葉植物綱オモダカ目ヒルムシロ科ヒルムシロ属エビモ(海老藻)Potamogeton crispus)・『バイカモ』(日本固有種である双子葉植物綱キンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ属バイカモ亜属イチョウバイカモ変種バイカモ(梅花藻)Ranunculus nipponicus var. submersus)『などの沈水植物などが茂る緩やかな流れに生息する。幼虫は、おもに夜半から早朝にかけて、挺水植物』(ていすいしょくぶつ:水生植物の内で水底に根を張り、茎の下部は水中にあるものの、茎或いは葉の(少なくとも)一部が水上に突き出ている種群を指す)『などに定位して』六月から七月頃に『羽化する。羽化後の若い個体は薄暗いところを好み、水域から離れて林の中で生活するが、成熟すると再び水域に戻り、明るい水辺の石や植物などに止まり縄張りを張る。交尾後、雌は水面近くの水中植物に産卵する』とある。]

