洋館の靑き窓第二篇 時雨 山村暮鳥
時雨
疲れ喘ぎ、怖ろしき野獸の馳り去るのを見てあり
また、一日を思ひ暮す、
灰色の冬の溫み――
死の床(ベツト)
草の綠りにふくらむ胸の歡び、
高原を瞼にかくした三階の夢の赤き烙印、
Sといふ
うつくしい花
蜜の匂ひの……。
「必と癒つて、ね。」
「ええ。」
ああ、冷たく微笑む如な時雨よ、
我が靑い記憶に殘り
悲しき夕の窓をば打つてくれるな
[やぶちゃん注:「洋館の靑き窓」六編の第二篇。「ベツト」はルビのママ。
「馳り去る」「はしりさる」と読みたい。
「瞼」「まぶた」。
「S」不詳。先行する「航海の前夜第一篇 病めるSに」と私の注を参照されたい。
「必と癒つて、ね」「きつとなほつて、ね」。なお、山村暮鳥もまた、後に、満四十歳で、結核で亡くなっている。
「如な」あまり見かけない用字であるが、「やうな」(樣な)と訓じているのであろう。以下の第五篇「柳のほとり」にも出る。]