斷想――「紺靑の夜」のために、綠汀へ 山村暮鳥
斷想
――「紺靑の夜」のために、綠汀へ
丘の上をながめよ
もろこしの穗はめぐみに垂れ
鶫(つぐみ)は梢にかへり來れり
つねに樹木に聽き
またつねに沼のほとりを夢む
――晝の月こそ幸福なれ
悲哀の犢(こうし)のかげをのみ、世は屠るべし
わが徑(みち)は空にあり
わが空は蟋蟀の聲にあり
手の上の霜
痛める靈のすがたを見
わが踊り子はよろこび蹣跚(よろめ)き、狂ふ
(光を愛すべし)
みえざるものの生む藝術
ともしびは醉へるが如く匍へり
猫は心の奧をも迷へり
罪のふかさのかぎりなければその底に
かくれて盲の魚となりなむ
わがものうさは雪をはらめり
いちぢくは盜まれたり
蟷螂の、入日をみつめて憔悴す
諧謔(おどけ)たる朝の雨もて、死は、地の美
否、美以上の醜惡
冬のはじまり、わが歡び
闇のかたみのわが薔薇
聲なき肉體のいのり
きたるべき物のあしあと近づけり
[やぶちゃん注:『「紺靑の夜」のために、綠汀へ』白神正晴氏の「山村暮鳥年譜」によれば、「綠汀」は当時、仙台在住の歌人岩井緑汀(雑誌『詩歌』の同人)。彼は大正元(一九一二)年十一月に詩歌雑誌『シヤルル』を刊行しているが、暮鳥は前田夕暮とともにその雑誌の顧問となっている。「紺靑の夜」(こんじやうというのは岩井が大正三(一九一四)年一月二十五日に刊行した自身の歌集「紺青の夜」(シヤルル社刊)の「序」として寄せたもので、「国文学研究資料館」のこちらで歌集「紺青の夜」の部分画像が挙げられており、まさにこの詩篇の冒頭の二行に相当する部分が視認出来る(「3」の画像)が、それを見ると、
序詩
(山村暮鳥)
瞑想
という題であって、ここにある添えの辞はなく、しかも、
丘の上をながめよ、
もろこしの穗はめぐみに垂れ、
と、読点が行末に打たれているのが判る。これから類推すると、後の行にも読点が有意に打たれている可能性が高い。底本が何に依拠したものか不詳であるが、或いは、以上の詩篇は「序」の草稿原稿なのかも知れない。
「蹣跚」は音「マンサン」で、よろよろと歩くさまを言う語。
「蟷螂」「かまきり」と訓じておく。]

