ザボンの詩 山村暮鳥
ザボンの詩
おそろしい嵐の日だ
けれど卓上はしづかである
ザボンが二つ
あひよりそうてゐるそのむつまじさ
何もかたらず
何もかたらないが
それでよいのだ
嵐がひどくなればなるほど
いよいよしづかになるザボン
たがひに光澤(つや)を放つザボン
[やぶちゃん注:「ザボン」双子葉植物綱ムクロジ目ミカン科ミカン属ザボン Citrus maxima。漢字では「朱欒」「香欒」「謝文」などと表記するが、私は「ブンタン」(文旦)或いは「ボンタン」(同じく漢字表記は「文旦」)という呼称の方が親しい。私の亡き母の郷里は鹿児島で、小さな頃から郷里の祖母が送って呉れた「ボンタン飴」がいつもオヤツだったし、あの巨大な生の実も食べたことがあるからである。梶井基次郎ではないが、剝き始めはまさに劉基(一三一一年~一三七五年:元末明初の軍人政治家で詩人)の「賣柑者之言」(賣柑者(ばいかんしや)の言(げん))の「鼻を撲(う)つ」それであった(関東の人はブンタンを生食したことのある人はあまり多くないと思う)。]