蜥蜴(かなへび) 山村暮鳥
蜥蜴
五郎(ろ)爺(ぢい)さんは死にました。
蜥蜴(かなへび)喰つて死にました。
しやぼん玉やが街(まち)にきて
おどけ拍子のうた唄ひ、
赤い喇叭(ラツパ)を吹いた日に
血の嘔吐(へど)はいて死にせ仇した。
それでも禿(は)げた黑塗の
椀と箸とは手離さず、
五郎爺さんは死にました。
それを子息(せがれ)の嫁がみて
面目なさに逃げました。
こんな時でも思ひだす
芝居狂ひの姑(しうとめ)の
金の入齒と光る眼と、
なにはさてをき女ゆゑ
髮搔きあげて帶しめて、
嫁は大きな七月(ななつき)の
お腹(なか)抱(かか)えて逃げました。
[やぶちゃん注:標題「蜥蜴」は本文ルビから「とかげ」ではなく、「かなへび」と訓じていると考えねばならぬ。最終連六行目の「なにはさてをき」の「をき」、同連最終行「抱(かか)えて」はママ。]