薄暮の祈り 山村暮鳥
薄暮の祈り
此のすわり
此の靜かさよ
而もどつしりとした重みをもつて林檎はまつかだ
まつかなりんご
りんごをじつとみてゐると
ほんとに呼吸をしてゐるやうだ
ねむれ
ねむれ
やせおとろへてはゐるけれど
此の掌(て)の上でよくねむれ
此のおもみ
此の力のかたまり
うつくしいのは愛だ
そして力だ
林檎一つ
ひたすらに自分は祈る
ましてこのたそがれの大なる深さにあつて
しみじみとりんごは一つ
りんごのやうに自分達もあれ
此の眞實に生きやう
[やぶちゃん注:最終行の「生きやう」はママ。本篇を以って詩集「風は草木にささやいた」本文詩篇は終わっている。但し、後に見るように、最後に(土田杏村の跋文の後に)「後より來る者におくる」という擱筆詩というか、後詩というか、掉尾に献辞附きの献詩が存在するので注意されたい。]