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2017/03/31

蟹   山村暮鳥

 

  

 

自分はそのとき一ぴきの蟹であつた

そして渚の小さな孔にはひこんでゆくのであつた

まあ、なんといふ暗黑(くら)さだらう

自分はおもはずふりかへり

ひよつこりと首だけだして

外をながめた

其處にゐたときには

それほどとも氣附かなかつたが

それこそ外は、みてもまぶしい光明遍照の世界であつた

だがどんなにくらくつても

また、どんなに陰鬱で汚くつても

これは自分の孔だ

これが自分の孔だとおもふとうれしかつた

泌々とうれしかつた

そこにも蟹が三びきゐた

おう妻よ

子ども達よ

わたしをまつてゐてくれたが

しかし、けふはなんにも獲物がなかつた

 

[やぶちゃん注:彌生書房版全詩集では末の「おう妻よ」以下四行が独立連となって全二連構成となっている。また、「鬱」が「欝」で、「泌々」が「泌々」である(後者は以前に注したが、「泌」自体に「沁」と同義があるので決して誤字ではない)。

「光明遍照」「くわうみやうへんぜう(こうみょうへんじょう)」は本来は仏教用語の古語で、阿弥陀仏の光明が広く普く全世界を照らして念仏する総ての生きとし生けるものを救う、広大無辺の慈悲を表わす語である。

 彌生書房版全詩集版。

   *

 

  

 

自分はそのとき一ぴきの蟹であつた

そして渚の小さな孔にはひこんでゆくのであつた

まあ、なんといふ暗黑(くら)さだらう

自分はおもはずふりかへり

ひよつこりと首だけだして

外をながめた

其處にゐたときには

それほどとも氣附かなかつたが

それこそ外は、みてもまぶしい光明遍照の世界であつた

だがどんなにくらくつても

また、どんなに陰欝で汚くつても

これは自分の孔だ

これが自分の孔だとおもふとうれしかつた

沁々とうれしかつた

そこにも蟹が三びきゐた

 

おう妻よ

子ども達よ

わたしをまつてゐてくれたが

しかし、けふはなんにも獲物がなかつた

 

   *]

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