五月の詩 山村暮鳥
五月の詩
やはらかくして幅廣き日光を吸ふ、
赤き座褥(クツシヨン)。
ふくよかなあまきつかれを歡ぶ、
座褥の赤。
風よ、吹かば綠りの胸と草とを!
窓のほとり。
室内にナルダの香油はきえ殘りさびしく匂ふ。
嘆美は圓き音樂と、
唐草の心と夜の雜色とよ
いりみだれて強き腕をくみて舞踏のひと時の夢とを語る……。
壁上の女の裸畫、
靑き吐息(いきづ)く鏡と
座褥の光りの反射に疲れがある。
あゝ四月と別れし我が瞳、
すべてのものにかゞやく疲勞。
[やぶちゃん注:「室内にナルダの香油はきえ殘りさびしく匂ふ」「ナルダ」ラテン語“nardum”(中性名詞)“narduus”(女性名詞)は一般には「ナルド」と音写される非常に高価な香油で(ヒマラヤからチベットの高地にのみ分布するキク亜綱マツムシソウ目オミナエシ科
Nardostachys 属スパイクナード Nardostachys
jatamanse の根茎から抽出され、強い鎮静作用と皮膚に優れた親和性を持つとされる)、聖書でベタニヤのマリヤが十字架を目前にしたイエスに注いだことで知られるが、ここはまさにその「ヨハネの福音書」第十二章の冒頭のシーンを意識したものである。大正訳で示す。下線は私が引いた。
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過越(すぎこし)の祭(まつり)の六日(むゆか)前に、イエス、ベタニヤに來たり給ふ、ここは死人(しにん)の中(うち)より甦へらせ給ひしラザロの居(を)る處なり。此處にてイエスのために饗宴(ふるまひ)を設け、マルタは事(つか)へ、ラザロはイエスと共に席に著ける者の中にあり。マリヤは價(あたひ)高き混りなきナルドの香油(にほひあぶら)一斤(いつきん)を持ち來りて、イエスの御足(みあし)にぬり、己(おの)が頭髮(かみのけ)にて御足を拭ひしに、香油のかをり家(いへ)に滿ちたり。御弟子(みでし)の一人にて、イエスを賣らんとするイスカリオテのユダ言ふ、「何(なに)ぞこの香油を三百デナリに賣りて、貧まづしき者に施さざる。」。かく云へるは貧しき者を思ふ故にあらず、おのれ盜人(ぬすびと)にして、財囊(かねいれ)を預かり、その中に納むる物を掠(かす)めゐたればなり。イエス、言ひ給ふ、「この女の爲すに任せよ、我(わが)葬(はうむ)りの日のために之を貯へたるなり。貧しき者は常に汝らと偕(とも)に居(を)れども、我は常に居らぬなり。」。
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「圓き」「まろき」。穏やかな。
「雜色」「ざつしよく(ざっしょく)」。種々入り混じったがちゃがちゃとやや五月蠅く、低級な雑多な色彩。]

