花 山村暮鳥
花
くちつけをもとめてあれば
わが妻のはにかみぐさ
日向葵の戀はしらねど
おもひでにうす紅き石竹
おしろいの花の朝露
あえかなるゆめのこすもす
世をうつせみの夏の園
浦島草の佛花
やがて紫苑のかざるらむ
しんじつをひめにしかほり
われはさみしき月見草
いちはやく白きべこにや
[やぶちゃん注:今回は特異的に登場する花の全種を特定してみる。
「はにかみぐさ」「含羞草」の当て訓。これは葉を閉じる習性を人の含羞(がんしゅう/はにかみ)の姿態と捉えての、「御辞儀草」、即ち、
被子植物門双子葉植物綱マメ目マメ科ネムノキ亜科オジギソウ属オジギソウ Mimosa
pudica
の別名である(但し、現在、本種を「はにかみぐさ」の和名別名では呼ばない)。この運動はウィキの「オジギソウ」によれば、『接触、熱、風、振動といった刺激によって小葉が先端から一対ずつ順番に閉じて、最後に葉全体がやや下向きに垂れ下がる。この一連の運動は、見る見るうちに数秒で行なわれる。この運動は特定の部位の細胞が膨圧(細胞の液胞中の水やその他の含有物によって細胞壁にかかる力)を失うことによって起こる。オジギソウが刺激されると、茎の特定部位が刺激されカリウムイオンを含む化学物質が放出される。カリウムイオンは液胞から水を排出させ、水は細胞外に拡散する。これによって細胞の圧が失われ収縮する。この異なる部位間での膨圧の差によって葉が閉じ、葉柄が収縮する。このような特徴は、マメ科のネムノキ亜科内で極めて一般的である。刺激は近くの葉にも伝達される』ものである。
「日向葵の戀」言わずもがな、ギリシャ神話の大洋神オケアノスの娘でニンフの水の精クリュティエは太陽神アポロンに叶わぬ恋をし、アポロンが日輪車で駆け抜けるのを日々目で追い続け、遂には向日葵(ひまわり)、
双子葉植物綱キク目キク科キク亜科ヒマワリ属ヒマワリ Helianthus annuus
と化した。
「石竹」葉が竹に似ていることからこの名がついたとされる、
双子葉植物綱ナデシコ目ナデシコ科ナデシコ属セキチク Dianthus chinensi
のこと。
「おしろいの花」白粉(おしろい)のような芳香を漂わせ、夕刻咲いて一日しかもたない儚い花を咲かせる、
ナデシコ目オシロイバナ科オシロイバナ属オシロイバナ Mirabilis jalapa
のこと。
「こすもす」「秋櫻(あきざくら)」という和名漢字表記(中文漢名は「秋英」)で知られる、
キク目キク科キク亜科コスモス属 Cosmos
に属する種群の総称であるが、狭義には種としての
コスモス属オオハルシャギク Cosmos bipinnatus
を限定的に指すこともある。ただ、「秋桜」と書いて「コスモス」と読ませるようになたのは、ウィキの「コスモス」によれば、『さだまさしが作詞作曲し』山口百恵が歌った『楽曲「秋桜」で初めて用いられ』たものだという(リリースは一九七七年十月一日)。うへぇ! 百恵嫌いだが、知らなんだわい!
「浦島草の佛花」「佛花」は「ほとけばな」と訓じていよう。「浦島草」は「うらしまさう(うらしまそう)」で、
被子植物門単子葉植物綱オモダカ亜綱オモダカ目サトイモ科テンナンショウ属ウラシマソウ Arisaema urashima
のことで、肉穂花序(にくすいかじょ:穂状花序の特殊化したもので、多肉な花軸の周囲に柄のない花が多数密生するもの。仏炎苞(ぶつえんほう:サトイモ科の植物に見られる肉穂花序を包む大型の苞(ほう)のこと。これが色鮮やかな種は観賞用として栽培されもする)を持つ。名称は仏像の後背にある炎(光)を象った飾りに似ることに由る)の先端の付属体が釣糸のように長く伸長することからこの和名がついたとされる。即ち、後の「佛花」はその仏炎苞が本種では大きいことを指し、「浦島草」と「佛花」は同一種を指している。
「紫苑」「しをん(しおん)」は、秋、周囲に薄紫の舌状花が一重に並んで、真ん中に黄色の筒状花の花を咲かせる、
キク目キク科キク亜科シオン連シオン属シオン Aster tataricus
のこと。
「月見草」私は断然、これは、
双子葉植物綱バラ亜綱フトモモ目アカバナ科マツヨイグサ属ツキミソウ Oenothera tetraptera
をイメージする。但し、山村暮鳥が太宰治のように、
フトモモ目アカバナ科 Onagroideae 亜科 Onagreae 連マツヨイグサ属マツヨイグサ Oenothera stricta
やその近縁種を指して言っている可能性は残念ながら高いとは言わざるおえないのだが、私は絶対にそれら、私の嫌いな私にとっての偽せ物の「月見草」を想起しないからである。花は夕方の咲き始め深夜は白色で、翌朝、萎んでしまう頃には薄い桃色となる。私の家の庭には昔、これが群落を成していて、独身の頃、酔って帰って来ると、彼女らが闇の中にぼぉうと妖精ように待って呉れていたものだった。……ある九月の夜、帰ってみると、何者かによって総て土ごと、持ち去られていた。……私は恋人を略奪された思いであったことをここに告白しておく……(実は私はそれを盗んだ人物が誰か知っている。裏山に住むある婦人である。今も生きている。私は終生、その女を憎み続けるであろう)
「べこにや」言わずもがな、
双子葉植物綱スミレ目シュウカイドウ科シュウカイドウ属 Begonia
に属する植物の総称「ベコニア」のこと。]

