SONATA 山村暮鳥
SONATA
1
彩(いろど)れる夢の悲しさよ。
わが生命(いのち)は赤く、
おそろしき「美」の繊維をふるはせ、
萎みなやめる雛芥子は
わすれたる淚に、匂ふ。
彩れる夢の悲しさよ、
「記憶」にうかぶ歌のとぎれを
ほろび行くもの、
或は濡れにし「生」の線條(ライン)。
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「萎み」は「しぼみ」と読む。]
2
ふけてゆくのは夜ばかり、
おお、夏よ!
夢は誘はれた、
露を紀念(かたみ)のねがひ故。
女の樣な無爲のつかれに甦(よみがへ)る。
あれさ、お聽き‥‥
三味の音(ね)を
わたしの胸は悲哀の園、
まにら煙草の
けむりに咽ぶ
月見草の匂ひ‥‥
黃(きいろ)い花‥‥
[やぶちゃん注:太字「まにら」は原典では傍点「ヽ」。]