銀貨 山村暮鳥
銀貨
わたしの拳は石つころのやうに固く凍えて
銀貨を一つしっかりと握つてゐる
わたしに一杯の酒をめぐむために𢌞りめぐつて來た銀貨よ
折角めぐり會ひながら今またすぐに別れるのだ
それが刻一刻と近づいてゐる
とは言へわたしに取つては靈魂(たましひ)よりもかはいい銀貨だ
わかれてしまへばまたと再び此の手には歸るまい
それが耐らなくさみしい
それだのに今日はまた何といふ烈しい風の吹くことか
家々は暗く
街はまるで荒野のやうに人つ子一人とほらない
わたしは何時もの酒場へ急ぐのだ
銀貨は一つしっかりと握られてゐる
そして掌の中に溫められてゐる
拳には嚙み附くやうな風
これが永遠のわかれに於けるわたしのかたみの愛である
誰も知らない愛である
けれど銀貨は知つてゐる
[やぶちゃん注:本篇は刊本詩集「穀粒」にはないので、彌生書房版全詩集版を用いた。]

