友に書きおくる 山村暮鳥
友に書きおくる
友よ
かうして海のやうな處に押しだされてしまつた自分は
その海のやうなところを
自分のところとするほかない
どんなにそこがひどく濁つてゐようとも
どんなにまた暴月と吼えたけつてゐようとも
友よ
かうして廣々とした處に押しだされてしまつた自分だ
いまさらあの山奧のふるさと
その純らかなせせらぎであつた谿川のむかしをおもひだしたからとて
それはただ自分を寂しくするばかりだ
見てくれたまへ
いまはもうすつかり
こんなにもひどく打碎かれ
また、汚されてしまつてゐる自分だ
だが、いまさらそれをどうしよう
だが、また自分はおもふ
いま海はいかにも濁つてゐる
濁つてゐるがそのなかにも
谿川のあの淸澄さはながれこんでゐるのだと
また、山のやうに波立つときもあるけれど凪ぎればそれこそ
せせらぎのさざめきほどの音もなく靜かになると
そうだ、友よ
雨がふればにごるまで
風がふけば波立つまで
ああ、それでいい
すべてはそれでいいのだと
自分はいま、いまはじめてそれをおもふ
[やぶちゃん注:本篇は刊本詩集「穀粒」にはないので、彌生書房版全詩集版を用いた。]
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