此の眺望は生きてゐる 山村暮鳥
此の眺望は生きてゐる
此處からみると
市街は大きな瘡蓋(かさぶた)のやうだ
よごれて黑い屋根々々
その下に巣くつてゐる人間の群衆
それがまるで蛆蟲のやうにみえ
うようよ蠕動き喚いてゐる
此のにぎやかさ
蛆蟲の巣!
黑々と煙をはきだす大烟筒
轟々とはいつてきた汽車
此の眺望は生きてゐる
ああ此のうつくしさ
そこには自分の家もあるのだ
自分の妻子も住んでゐるのだ
そして自分をどんなに待つてゐることか
その瘡蓋(かさぶた)の下を思へ
蛆蟲にかへれ
蛆蟲にかへつて生きよ
[やぶちゃん注:本篇は刊本詩集「穀粒」にはないので、彌生書房版全詩集版を用いた。
「蠕動き」「うごめき」。]