ある時――家常茶飯詩 山村暮鳥
ある時
――家常茶飯詩
ふじ子よ
生きてゐるといふことは
どうしてかうもさびしいのだらう
と言つて自分には
それがどうしやうもないのだ
おまへもさうか
自分はいつか町裏の
あの麥ばたけの高臺から
河向ふの
たんぼなかの
電車をながめてゐたことがあつた
あのおもちやのやうな電車を
ぽつぽつと
豆粒でもならべたように
すこしづつあひだをおいてきらきらしてゐる電球のしたを
電車はうつくしく
音もなくはしつていつた
あれは寒い暮れがたであつた
そのとき自分は
あのなかにのつてゐるひとのことをおもつてゐたつけ
あのなかにはさまざまのひとがゐたにちがひない
それこそ泣いてもたりないやうな
そんなかなしみをもつたひとも
また自分のやうに寂しいひとも
けれどあの電車は
なんといふ美しさで
幸福さうにはしつてゐたらう
あの電車でも、また
見にゆかうかと自分はおもふ
[やぶちゃん注:「豆粒でもならべたように」はママ。
彌生書房版全詩集版。
*
ある時
――家常茶飯詩――
ふじ子よ
生きてゐるといふことは
どうしてかうもさびしいのだらう
と言つて自分には
それがどうしやうもないのだ
おまへもさうか
自分はいつか町裏の
あの麥ばたけの高臺から
河向ふの
たんぼなかの
電車をながめてゐたことがあつた
あのおもちやのやうな電車を
ぽつぽつと
豆粒でもならべたやうに
すこしづつあひだをおいてきらきらしてゐる電球のしたを
電車はうつくしく
音もなくはしつていつた
あれは寒い暮れがたであつた
そのとき自分は
あのなかにのつてゐるひとのことをおもつてゐたつけ
あのなかにはさまざまのひとがゐたにちがひない
それこそ泣いてもたりないやうな
そんなかなしみをもつたひとも
また自分のやうに寂しいひとも
けれどあの電車は
なんといふ美しさで
幸福さうにはしつてゐたらう
あの電車でも、また
見にゆかうかと自分はおもふ
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