月(十篇) 山村暮鳥
月
ほつかりと
月がでた
丘の上をのつそりのつそり
だれだらう、あるいてゐるぞ
おなじく
脚(あし)もとも
あたまのうへも
遠い
遠い
月の夜ふけな
おなじく
一ところ明るいのは
ぼたんであらう
さうだ
ぼたんだ
星の月夜の
夜ふけだつたな
おなじく
靄深いから
とほいような
ちかいような
月明りだ
なんの木の花だらう
[やぶちゃん注:二ヶ所の「ような」はママ。]
おなじく
竹林の
ふかい夜霧だ
遠い野茨のにほひもする
どこかに
あるからだらう
月がよ
おなじく
月の光にほけたのか
蟬が一つ
まあ、まあ
この松の梢は
花盛りのようだ
[やぶちゃん注:「ようだ」はママ。]
おなじく
こしまき一つで
だきかかえられて
ごろんと
大(でつ)かい西瓜はうれしかろ
その手もとが
ことさらに
月で明るいよう
[やぶちゃん注:「だきかかえられて」はママ。彌生書房版全詩集版は最終行を「月で明るいやう」と〈訂〉している。私は微妙に留保する。]
おなじく
月の夜をしよんぼりと
影のはうが
どうみても
ほんものである
おなじく
漁師三人
三體佛
海にむかつてたつてゐる
なにか
はなしてゐるようだが
あんまりほのかな月なので
ききとれない
[やぶちゃん注:「ようだが」はママ。]
おなじく
くれがたの庭掃除
それがすむのをまつてゐたのか
すぐうしろに
月は音もなく
のつそりとでてゐた