喫茶の詩 山村暮鳥
喫茶の詩
時計がないから
時間はわからない
午後三時頃か
そとでは雨がふつてゐる
寂しい雨だ
自分達はひさしぶりで炬燵の上にお茶をはこんだ
そしていまのんでゐるところだ
野兎のやうな子どもはお菓子を頰張つたり
唱歌をうたつたり
でたらめの唱歌
室内はその聲で一ぱいだ
妻は滴るやうな愛情から
いつしんに
乳房に吸ひついてゐるあかんぼと
目と目でみあひ
何か人間世界のではない言葉でものをゆつてゐる
わたしもそれにみとれてゐる
そとは氷のやうな雨だ
窓の下では葉つぱのない木が冷たさうに黑々とぬれてゐる
ぱつたりと唱歌がやむと
子どもは何かぶつぶつゆふ
妻がそれを叱る
子どもは泣く
あかんぼも一しよになつて泣き出す
わたしが一こゑ獅子のやうな聲で怒鳴ると
あたりがしいんとする
雨はさかんに降つてゐる
あんまりひつそりしてしまつたので
くすくす妻が笑ひだすと
それが雲切れの靑空のやうに
睨みあつてゐた顏は溶けて
ふたたび雨の中までよろこびは溢れる
[やぶちゃん注:彌生書房版全詩集版では「午後三時頃か」の「午後」が「午后」。
同じく「わたしが一こゑ獅子のやうな聲で怒鳴ると」の「怒鳴る」が「吐鳴る」。]

