店頭にて(三篇) 山村暮鳥 /詩集「雲」~了
店頭にて
おう、おう、おう
ならんだ
ならんだ
日に燒けた
聖フランシス樣のお顏が
ずらりとならんだ
綺麗に列んだ
[やぶちゃん注:「聖フランシス」中世イタリアにおける最も著名な聖人の一人で、フランシスコ会創設者として知られるカトリック修道士「アッシジのフランチェスコ」(Francesco d'Assisi:ラテン語:Franciscus Assisiensis 本名・ジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ディ・ベルナルドーネ:Giovanni di Pietro di
Bernardone 一一八二年~一二二六年)のことと思われるが、果物(恐らくは林檎)の比喩は伝承からはよく判らぬ。或いは彼がシリやモロッコへの伝道も試み(事実は辿りつけなかったり、病で断念したりした)その後も国外への宣教として東方を伝道、エジプトへ赴いたりした状況を想像して、「日に燒けた」「聖フランシス樣のお顏」をイメージしたものかも知れぬ。]
おなじく
錢で賣買されるには
あんまりにうつくしすぎる
店のおかみさん
こんなまつ赤な林檎だ
見も知らない人なんかに
賣つてやりたくなくはありませんか
おなじく
いいお天氣ですなあ
とまた
しばらくでしたなあ
おや、どこだらう
たしかにいまのは
榲桲(まるめろ)の聲だつたが………
[やぶちゃん注:実は原典では最終行頭の「榲桲(まるめろ)」は「榲楠(まるめろ)」となっている。「榲楠」では「まるめろ」とは読まないし、字形から見て、これは印刷所の誤植の可能性が限りなく高い。先に「ひぐらし」では正しい漢字とすることを拒否したが、ここについては既に暮鳥が過去の詩篇で正しい「榲桲」の表記で、バラ目バラ科シモツケ亜科ナシ連ナシ亜連マルメロ属マルメロ Cydonia oblonga を登場させていること、彼の好きな果実であった以上、これはルビが附されてあり、誤読・誤認の可能性はないとしても、特異的に訂することとした。無論、彌生書房版全詩集版でも「榲桲」となっている。
本詩篇三篇を以って詩集「雲」は終わっている。]

