或る時(五篇) 山村暮鳥
或る時
一輪の朝顏よ
ここに
生きた瞬間がある
生くることのたふとさがある
*
さいてゐる
花をみよ
かうしてはゐられぬと思へ
*
花をみること
それもまた
一つの仕事である
それの大きな仕事であることが
解つたら
花をみて
その一生とするもよからう
*
花はおそろしい
ほんとうにおそろしい
なんといふ眞劍さであらう
だが、またそれは
あまりの自(おのづか)らさである
[やぶちゃん注:彌生書房版全詩集版では標題は「おなじく」で、いわば、前の「朝顏」の続き(或いはソリッドな組詩篇)として存在している。]
おなじく
一りんの
朝顏に
かすかな呼吸(いき)のやうな風……
しみじみと
靜に生きようとおもふ
おなじく
朝でもいい
まひるでもいい
ばらばら
通り雨である
竹林は隣屋敷だけれど
まづしい心の
純(きよら)かさよ
[やぶちゃん注:彌生書房版全詩集版では標題が「ある時」となっていて、前の詩篇との連続性が絶たれたものとして存在している。また、彌生書房版全詩集版では「竹林」に「ちくりん」のルビがある。]
おなじく
ぱら ぱら
ぱら ぱら
わたしのかほへも
それが三ツ粒
通り雨だ
竹籔の雀が
大騷ぎをやつてゐる
おなじく
あたまのうへは
とつても澄んだ蒼空である
まあ、御覽
そのあをぞらが
蜻蛉を
一ぴきながしてゐる