ある時 山村暮鳥
ある時
また蛼(ひぐらし)のなく頃となつた
かな かな
かな かな
どこかに
いい國があるんだ
[やぶちゃん注:「蛼」はママ。この漢字は漢語では貝類の一種を指す一部として使われ、国字としては、昆虫に体内寄生する線虫である「ハリガネムシ(針金虫)」(脱皮動物上門類線形動物門線形虫(ハリガネムシ)綱 Gordioidea)の一種、或いは、一般的な蟋蟀(こおろぎ:直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科 Grylloidea に属する種群)を意味し、所謂、私がこよなくその声を愛する蜩(半翅(カメムシ)目同翅(ヨコバイ)亜目セミ上科セミ科セミ亜科ホソヒグラシ族ヒグラシ属ヒグラシ Tanna japonensis)を指すことはない。彌生書房版全詩集版では「蛼」を「蜩」としている。では、私は何故、そうしないか? 今までの詩篇にあっても、山村暮鳥は一部の生物を示す漢字を誤って用いることがしばしばあった(以前に注したように「こおろぎ」と「きりぎりす」の誤認或いは混同例が複数箇所ある)。従って、これをそのように訂するならば、遡ってそうした誤認生物の漢字を総て正しい字に変更出来るのか? と言えば、それをする馬鹿な校訂者は、まず、おるまい。更に言うなら、山村暮鳥はこの「蛼」を「ひぐらし」を意味する漢字であると生涯に於いて誤認し続けていた可能性も捨てきれない。であるならば、「ひぐらし」と暮鳥がルビしている点でも、その鳴き声を「かな かな」と表記している点からも、ここでかく注してその字はママに保存しておいて、何ら致命的な誤解や誤認を引き起こす重大な支障があるとは思われないのである。]

