ある時(六篇) 山村暮鳥
ある時
いいお天氣ですなあ
と、またしばらくでしたなあ
たしかに鼻さきだとおもつた
榲桲のこゑだとおもつた
馬鹿、馬鹿
そんなのを天耳(しらみゝ)つていふんだわ
おなじく
いいお天氣ですなあ
とでもいひたげな
これは
これは
眞冬
まつ赤な
日向の林檎である
おなじく
ぽつかりと
月がでた
屋根にだれかあがつてゐる
いい晩だな……
おなじく
ぽつかりと
月がでた
隣りの屋根にも
だれかあがつてゐるようだ
[やぶちゃん注:「ようだ」はママ。]
おなじく
小さな赤い粒々である
すばしこい灌木の實である
あつちでも
こつちでも
ぼさぼさした茂みのあたりで
さがされてゐるのは──
春だ、春だ
道行く人にも
ちよつと足をとめさせる
こどもたちは
いちはやくも、それで
可愛い唇(くち)ばたを染めたりしてゐる
[やぶちゃん注:彌生書房版全詩集版では重大な相違がある。最終行が「可愛い唇(くち)ばたを染めたりしてゐる」ではなく、「可愛い」がない「唇(くち)ばたを染めたりしてゐる」だからである。]
おなじく
春のよふけは
氣味惡いほど靜隱(しづか)だ
なにかが
みんなとろけてしまつたようだ
本を讀んでゐると
遠くの方がひとところ
馬鹿ににぎやかになりだした
なんだらう
いまごろ
あんまりしづかなよふけなので
そこだけぽつかりと明るく
まるで大きな牡丹でもさいてるようにおもはれる
喧嘩のようだな
[やぶちゃん注:三行目「ようだ」、最終行「ようだな」はママ。実はこの詩篇は彌生書房版全詩集版ではカットされている。同様の酷似した詩篇はある。確かに。例えば、詩集「梢の巣にて」の「冬」である(リンク先と対照されたい)。しかし、それは極めて相似形ではあるが、相同ではない。相似によってカットしたのであれば、それは完全に理不尽というべきものである。私はこれを掲げるものである。酷似する相似というなら、山村暮鳥には実は腐るほど、あるのではないか!?!]

