庭の一隅 山村暮鳥
庭の一隅
庭のひあたりはいい
なんといふ幸福さうな鷄だらう
そこらをあるきまはつて
餌をあさるやうにみせかけてゐるをんどりが
ときどき
くすぐつたいやうな聲をだしては呼ぶ
こ、こ、こ、こ、こ
雌鷄はまたかといつたやうな恰好
だまされるのは百も承知で
それでもよばれたところへ驅けつけてみる
案の條、なんにもない
をんどりが趾や嘴でひつかきまはしたところをのぞいてみる
けれど穀粒一つあるもんか
うろうろしてゐると雄鷄の奴
いきなり翼を箕のやうにべろりとひろげて
ばさばさとわざとらしい音をさせ
子どもらがちやうど
ちんちんもがもがでもするやうな身振で
すりよつてきて
雌鷄を弄(からか)ふ
めんどりもまんざらいやでもないのだらう
さうされると
それでもそぶりばかりには
ひらりと橫に飛びのいてみせる
さうしたときにはけつしておつぷせられないのを
よく知りぬいてゐるくせに──
庭のひあたりはいい
なんといふ幸福さうな鷄だらう――
[やぶちゃん注:「ちんちんもがもが」片足で飛び跳ねて遊ぶ「けんけん」「けんけんぱ」の別称。語源は問題があり、怪我や障碍によって片足が思うように動かせない人を意味した差別用語の「ちんば」が訛ったものとされる。
彌生書房版全詩集版。ルビが増加している。
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庭の一隅
庭のひあたりはいい
なんといふ幸福さうな鷄だらう
そこらをあるきまはつて
餌をあさるやうにみせかけてゐるをんどりが
ときどき
くすぐつたいやうな聲をだしては呼ぶ
こ、こ、こ、こ、こ
雌鷄(めんどり)はまたかといつたやうな恰好
だまされるのは百も承知で
それでもよばれたところへ驅けつけてみる
案の條、なんにもない
をんどりが趾(あし)や嘴でひつかきまはしたところをのぞいてみる
けれど穀粒一つあるもんか
うろうろしてゐると雄鷄の奴
いきなり翼(はね)を箕のやうにべろりとひろげて
ばさばさとわざとらしい音をさせ
子どもらがちやうど
ちんちんもがもがでもするやうな身振で
すりよつてきて
雌鷄を弄(からか)ふ
めんどりもまんざらいやでもないのだらう
さうされると
それでもそぶりばかりには
ひらりと橫に飛びのいてみせる
さうしたときにはけつしておつぷせられないのを
よく知りぬいてゐるくせに──
庭のひあたりはいい
なんといふ幸福さうな鷄だらう――
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