ある時(二十三篇) 山村暮鳥
ある時
遠天の鳶よ
もうそこまできてゐる
霙はそこまできてゐる
それだのに──
ああ、いい
その悠々としてゐるところ──
そこで何してゐるのか
おなじく
ほうづき
ほうづき
はやく、いろづけ
雪ふり蟲がすぐ
とぶぞ
[やぶちゃん注:「ほうづき」はママ。鬼灯・酸漿(ナス目ナス科ホオズキ属ホオズキ変種ホオズキ Physalis alkekengi var. franchetii)は現代仮名遣では「ほおずき」、歴史的仮名遣では「ほほづき」である。
「雪ふり蟲」既出既注。]
おなじく
鬼灯(ほほづき)よ
干柿(かしがき)よ
おまへたちもまた
そこで
その檐端(のきば)で
お正月をまつてゐるんか
子どもらと一しよに
──いい日和(ひより)だ
なあ
[やぶちゃん注:「干柿(かしがき)」はママ。彌生書房版全詩集版は「ほしがき」とする。確かにルビの誤植の可能性がすこぶる高いが、しかし「干し柿」は「乾(かは)かした柿」であり、「菓子(かし)のように甘い柿」であるから、暫く、ママとする。
「檐端(のきば)」の「檐」の原典の活字は、実は拡大して見ると、「擔」にしか見えないが、それでは「のきば」にならぬので、特異的に「檐」とした。彌生書房版全詩集版も「檐」の字である。]
おなじく
もすこしだ
もすこしだ
澁柿よ
おまへたちのはうでも
もすこし
ぶら下つてやれ
おなじく
まづしさを
きよくせよ
霜
松のさみどり
おなじく
娘よ
うんと力をいれて
何がそんなにはづかしいのよ
ほら、ぬけた
なんといふ
太いまつ白い大根だらう
おなじく
どこの家にも
灯(ひ)が
はいつた
寒い木枯しのふくゆふべだ
つつましい生活(くらし)と
その平和とのおもはれる
赤い障子よ
冬もまた、いい
おなじく
路傍のはきだめで
芽をだしてゐる麥の粒々
いつ、どうして
どこからまぐれてきて
ここにこぼれた粒々か
それでも麥は
季節がくると
靑い小さな芽をだした
靑い小さなめのすすり泣き
まつ白な霜をいただいて
ぞつくりと
麥の小さなめのすすり泣き
──おう、自分達よ
おなじく
二人で言つて
みべえよ
そうすると
彼方(むかふ)でもいふから……
庭前にあそんでゐた子どもが
聲をそろへて
──あつたかい、なあ
と、それを
きいてでもゐたのか
垣の外の雄鷄もそのまねをして
おんなじように
──あつたかい、なあ
[やぶちゃん注:「そうすると」「ように」はママ。彌生書房版全詩集版では「そうすると」は訂していない(「ように」は「やうに」と訂している)。この不統一は何?]
おなじく
これはまたあまりに平凡な
そして日々のことであるが
牝鷄は
つひ、うまれでた
そのまつ白な卵をみると
けたたましくも
鳴き立つてみたくなるんだ
それにちがひない
なんともいへないその不思議さに
[やぶちゃん注:「つひ」はママ。]
おなじく
おう、なんといふ
瘠せさらぼいた影法師だらう
冬の日向で
一ぴきの蠅とあそんでゐる
暮鳥よ
それがおまへである
まだ生きてゐたのであつたか
おなじく
烏がないてゐる
聲を嗄らしてないてゐる
枯木のてつぺんにとまつてさ
それを、ぴゆぴゆ
ふき曝してゐる霙風め
だが烏よ
なんだつてそんなに
くやしさうにないてゐるんだよ
まつ赤な夕日に腹をたてて
何か惡態でもついてゐるんか
おなじく
まあ、この大雪
雪のつもつた屋根々々
どつちをみても
ふつくらと
あつたかそうな
―─どこだらう
らうらうと本を讀んでゐるのは
[やぶちゃん注:「そうな」はママ。]
おなじく
大雪にふさはしい
びんぼうな家々――
森も畑も
こんもりと
どこのいへもけふばかりは
溫かで平和さうだ
あ、あかんぼがないてる
おなじく
雀がこどもに
いろはにほへとでも
をしへてゐるのか
大竹籔のまひるだ
竹と竹とが
それを
ぢいつと聞いてゐる
おなじく
鯨が汐を
ある晩、たかだかと
ふきあげてみせてくれた
ああ、こどものころ
あんなにみたかつた夢である
おなじく
鋏に
小さな鈴がついてゐて
つかふたんびに
ちりちり
ちりちり
妻がそれをもぎとつた
すこしうるさくおもつたのである
だが翌日になつてみると
おや、おや
もう、また、いつのまにやら
ちやんからこんとついてゐるではないか
かうして鈴はちりちり
とられたり
つけられたり
つけられたり
とられたり
たうとう自分も妻もわらひだしてしまつた
ほんとに、ほんとに
子どもにはかなはない
おなじく
あのうみは
だれの海なの
そしてあの千鳥は
おう
子どもよ
そればつかりはきいてくれるな
自分もだれかに
きいてみようと
おもつてゐたんだ
おなじく
糸(いと)は一線(すぢ)
ただ、ひとすぢに
ついてゆくのよ
針(はり)のあとから
そのゆくはうへと
ついてゆくのよ
[やぶちゃん注:彌生書房版全詩集版には「いと」のルビはない。また、三行目の開始位置は最終行と同じ三字下げである(今まで注してこなかったが、同様な微妙な整序は実際には外でも見られた)。]
おなじく
燐寸箱のやうに小さな家だ
それでも窓が一つあつて
朝夕
その窓から
そこのお爺さんとお嫗さんとが
ちやうど鳩か何かのやうに
ちよこんと二つ首を列べて
戸外(そと)をみてゐる
につこりともしないで──
おなじく
辻の地藏尊
おん掌に小石を一つのつけて
首がなかつた
あの地藏尊
まだ、あのままであらうか
おなじく
おや、これはおどろいた
なんでも知つてやがるんだよ
蚤は孵へるよりはやく
人間を螫すつてことを
それから
も一つのことも
……おう、よしよし
[やぶちゃん注:「も一つのことも」の「も一つのこと」を知りたいな、暮鳥さん……そうして人と同じように恋をし、また、卵を産み、子孫を残すことか?…………]
おなじく
生籬(いけがき)のうへに
ごろんと首が一つ
明るい外(そと)をのぞいてゐたよ
そしてにこやかとわらつてゐたよ
いまもなほ
あのままだらうか
あの首
それこそ老子にそつくりだつけ

