暴風雨の中にて 山村暮鳥
暴風雨の中にて
海岸にでてみると
風が強いので
船はみな
帆を招き
錨をおろして碇泊し
まるで醉つぱらつてゐる人間ででもあるやうに
浪にもまれて動搖してゐる
ぴゆぴゆ切りつけるやうな風
それに交つて鞭打つ雨
それを怒る浪浪
吼えくるふ浪浪
その中で船はめをとぢ
ぢつと耐へ
ぢつと耐へて
くるしいけれどまつてゐるのだ
酷い此の雨風のやむのを
麗かな日和を
而も船らは
酷い此の雨風だにやみさへすれば
山山をめぐらす
うつくしい此の港から
鏡のやうな上をすべつてでてゆくのだ
出帆をつげるいい聲の汽笛
黑々とけむりを吐く汽船
まつしろな帆を張る帆船
時には巡洋艦や水雷艇
それらの間を驅けまはる燕のやうな小蒸汽
いま船らはぢつと落着き
烈しい浪浪の脇腹を打つにまかせて
そして日和を
ひそかに
ひそかにたのしみまつてゐる
それだのに自分は
おお此の自分は
かく難破してしまつてゐるのだ
艫はくだけ
船首(へさき)はさげて
猶、沈まず
折れた橋帆をいたいたしく
やつと浮き上がつてゐるやうな此のみすぼらしさよ
これがわらつてゐられるか
これがかなしまずにゐられるか
天もずり落ちろと
自分は藻搔き
それを自分は祈つてゐるのだ
此の暴風雨にむかつて祈る
否、野獸のやうに吼えてゐるのだ
みよ
海上の鳶やかもめを
此の物凄いあめかぜとたたかつてゐるところを
あの力強さ
あの力強さに羽ばたいた自分
それがどうだ
おお自分
おお
いまは岸邊に引き上げられ
あの勇敢な捕鯨船
鯨やひらめには目もくれず
遙に太洋を指(ゆびさ)し
人間界に
もゆる火と
高き理想とを
雄々しくも投げ込まうとした彼
それが此の自分であつたか
それが此の自分であるが
而も猶
これをみよ
此の意志を
一切から
唯、一つ殘つた意志を
此處から火はまた燃え立つだらう
いま自分の生きてゐるのは此の意志においてばかりだ
大鷲のやうに飛ばうとする意志
巽をば打落されてゐながら
だから自分はいふ
まて
まてと
日は暮れかかり
だんだん激しくなる雨風
だんだんひどくなる船のゆれ
轟々と猛る浪浪
此の逆立てるきちがひのやうな海にむかつて帽子をとつた
ずぶぬれの帽子を
海よ
船らよ
いま自分はかへる
そして自分は靜かに生きよう
しばらく
おお内なるもの
脈搏つ意志よ
汝
永遠の生(いのち)よ
[やぶちゃん注:本篇は刊本詩集「穀粒」にはないので、彌生書房版全詩集版を用いた。太字は底本では傍点「ヽ」。]

